大学時代はコンプレックスがあって、研究で学科内で1番になりたかった。
そこから、学科内の授業はもちろんのこと、
研究室での生活やうまく研究が進んだ先輩の話、勉強法に関わることを積極的に知ろうとした。
授業中の教授からの何気ない研究に関する一言でも、
他の人は何とも思っていなかったが自分だけは興奮したこともしばしばあった。
大学1年目では成績以外ではそれほど差は開かなかったが、2年生や3年生になるにつれて、
それ相応努力した人間でないと得られない成果を得ることができた。
今振り返ってみると、コンプレックスといえども、
勉学や研究に励みたいと強い意識があったから、
大学院でよく研究成果が出たと思う。
意識し続けることは大きなことを成し遂げるのは必要不可欠だと思う。
例えば、身の回りのもので赤色の物を挙げてくださいと問われるとすぐにはあまり思い浮かばないが、
その後に赤いものを意識すると数多くあることがわかる。
赤いもののことを頻繁に意識し続けると、
赤いものに関しては他の人よりもはるかに、
赤いものを挙げてくださいと言われたときに回答できるようになる。
私も研究でトップクラスの成績を取りたいと願ったときから、
研究でトップクラスになるのに必要なものが見え始めて
それをつかんでいくことができたように思える。
実際に研究室に入って本格的に研究し始めたのは大学4年生だが、
それまでの3年間は意識をし続けて必要だと思う情報を集めていたので、
同期よりもはるかによく研究が進んだ。
同期からすると、あいつは頭がいいから研究で結果が出た、とかいうが、
実際はそれまで積み重ねてきた3年間があったからだと感じる。
言いたかったことは、
早いうちから歩んでみたいと思った方向や伸ばしたい能力というのを意識することで
他の人よりも格段にその分野の知見が深くなる。
というしごくまっとうなことだ。
コンプレックスがあった方が 強い意識を持ち続けることが出来る。
コンプレックスも多少取り扱いが注意で、
純粋に学業や研究を極めたいという意識以外にも、
他の人よりも優位に立ちたいという意識が出て横柄になるので
自分がコンプレックスを持っている場合は、よくなる方へ方向つけすることも大切だ。
だんだんと他人の優れていることや優れている人に過剰に意識するという、
余計な意識を使ってしまって、本来重要な能力を伸ばすというところへの意識が少なくなる。
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